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笹巻橋
義経と別れた平時忠が椎柴の里までやってきた。海上川にさしかかったが渡る橋がないので竹を曲げて橋として渡った。この橋を笹曲橋と土地の人は言い、後に笹巻橋というようになった。この時、時忠は「命あらばまたも渡らん下総の海上川の笹曲げの橋」という歌を詠んだという。
倉橋
海上川にさしかかり、義経主従が渡れないで困っていると、平時忠が馬の鞍を川の中に置き、義経一行を水に濡らさずに渡した。鞍橋の名が変じて倉橋の地名となったという。
犬岩
義経主従が船で東北方面に逃げたとき、海岸に残された愛犬が君主を慕って七日七夜泣き叫んだ。八日目、犬の姿は消えて、そこに見たこともない犬が沖に向かって吠えている姿の巨岩が現れた。浦人がその岩に同情し犬岩と名づけた。犬岩のそばに若岩という岩もあったことから、この付近を「犬若」とつけたという。愛犬の名を若丸という人もいる。
ひょうたん山
義経が東北地方に逃げるとき、武器を隠したところ。マムシがそれを守っているので、この山に近づかないようにという言い伝えがあった。
矢立の浜
義経が矢を立てたところ。
古藻浦/こもうら
駒の浦とも呼ぶ。義経が駒を止めて休んだ浦。「こま」が「こも」に訛った。
千騎ケ岩
義経が千騎の軍馬と兵士たちを隠し、立てこもった島。
君ヶ浜
君主・義経が好んだ海岸で、それ以前は海霧が深く立ちこめるため「霧ケ浜」と呼ばれていたが、義経にちなんで「君ヶ浜」と地元の人々が言い改めた。
犬吠
義経が従者たちとここから乗船して北上したが、残された愛犬が君主を慕って吠え続けたところ。また、犬若から乗船して北上した義経に取り残された愛犬の鳴き声がここまで聞こえたともいう。
馬糞
義経の愛馬が脱糞した跡地。池(石切場跡)を馬糞と呼び、その南側の海に突き出た岩場を馬糞の鼻と呼んでいる。
宝満
二つの島からなり、大ホーマン、小ホーマンと呼ぶ。九郎判官が訛って「ほうまん」になったという。陸(長崎海水浴場側)から見ると、まじめな顔をした人間があおむけになって、天空をにらんで寝ているように見える。
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